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馬頭琴(モリンホール)の話

馬頭琴はモンゴルの音楽には欠かせません。独奏曲、合奏曲、歌の伴奏としてなど、様々な演奏で用いられている代表的な楽器です。
馬頭琴は二弦からなる擦弦楽器で、二本の弦はそれぞれ数十本から百本以上の馬の尻尾の毛で作られていますが、現在ではナイロン製の糸を使う場合が多くなっています。

馬頭琴の呼び方

モンゴル語でモリンホールモンゴル語でモリンホール(馬の楽器)と呼ばれており、「馬頭琴」というのは中国語での呼び方です。
昔はホール(弓を使う弦楽器)、ツォール、シャナガンホールなど色々な呼び方がありました。楽器の飾りも様々で、楽器の工場はなく、すべて手作りであったため、自分の好みに合わせて作られ、一番上に龍の頭や妖怪の頭がついていたり、また飾りがないのもありました。楽器の長さも様々でした。

舞台で演奏するようになってから、モンゴル民族の一番愛する馬の頭を、楽器の一番上につけて「モリンホール」と呼ばれるようになったのです。上に飾ってある馬の頭からきた呼びかたとして、漢民族の人に「馬頭琴」と呼ばれるようになりました。

馬頭琴の種類と演奏法

馬頭琴は2種類に分類されます。一つは通常弾いてる楽器で五本の指を使って演奏するもの、もう一つは「ツォール」といい、親指、人差し指と薬指三本の指を使って演奏するものです。調弦方法も普通の馬頭琴と逆になります。

演奏法も2種類あります。一つは通常の演奏方法で、指五本を使って演奏する方法。もう一つはベイロロフ(駱駝のなき声)、またはヒスギルフ(風の音)演奏法と言います。これはツォールの演奏方法を使い、音が豊富で馬頭琴の独特の味が出る演奏方法です。これは内モンゴルではよく使われていますがモンゴル国ではあまり使われていません。

馬頭琴の歴史上の人物

スラシ内モンゴルの馬頭琴の近代史を思い出すと忘れてはならない人が一人います。その人の名はスラシ(色拉西)(1887−1968)で、馬頭琴演奏家、音楽教育家と評価されています。彼の祖父と父親は馬頭琴奏者で、母親は民間の歌手でした。そのような家庭で生まれた彼は、幼少の頃から馬頭琴の練習を始め、13歳で公演するようになりました。21歳になって軍隊に行き、その服役の3年間で有名な民間芸人にであい、自分の技術をもっと深めるようになります。

1911年から馬頭琴のプロ活動を始め、旧満州時代東モンゴル民間芸人代表団として日本にも訪れ、東京でレコーディングをし、馬頭琴音楽としての初めてのテープを残しました。
1948年、スラシは内モンゴル歌舞団に入団し、1957年内モンゴル芸術学校で教え、数多くの芸術家を育て上げました。有名な馬頭琴演奏家のサンドーリン(馬頭琴演奏法の改革をした人)はそのうちの一人です。

スラシは1960年代に北京で馬頭琴の講座を開いたり録音をし、多くの貴重な資料を残した他、中国音楽家協会理事、内モンゴル音楽家協会主席、内モンゴル文聯副主席としても活躍し、1968年にこの世を去りました。

上の写真は『中国百科全書 音楽・舞踏』(中国大百科全書出版社 1989刊)より